メジャーリーグ(MLB)でホームラン50-盗塁50(50-50)を達成した人がいるかを調査。また、40-40を達成した歴代の選手もまとめました。
50-50達成者は過去に居るの?
MLB(メジャーリーグベースボール)で「50-50」、つまり同一シーズン50本塁打・50盗塁を達成した選手は2024年9月18日まではいませんでした。なお、45-45まで達成した選手も2024年9月1日までは存在しませんでした。
これらの記録を塗り替えたのが、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平(30)
2024年9月19日に50-50を達成した大谷翔平選手がMLB唯一の「50-50クラブ」メンバーとなっています。
大谷選手が50-50を達成した試合とは?
2024年9月2日にメジャー史上初の45-45を更新すると、2024年9月19日、1シーズン50本塁打と50盗塁を達成し、MLB史上初の快挙1シーズン50-50を成し遂げました。
この日の試合で、大谷はマイアミ・マーリンズを相手に1回、三塁への盗塁を成功させて50盗塁目を記録。さらに2回にも盗塁を成功させ、51盗塁に更新しました。6回には49号ホームランを放ち、2001年にショーン・グリーンが打ち立てたドジャースのシーズン最多ホームラン記録に並びました。
そして7回には待望の50号ホームランを放ち、MLB初の「50本塁打・50盗塁」の偉業を達成。さらに9回にもホームランを打ち、記録を51本塁打、51盗塁へと伸ばしました。
日本時間2024年9月21日現在、ロサンゼルス・ドジャースの残り試合は9試合。
いかに偉大な大谷翔平選手といえども、この記録を伸ばすのに挑戦できるのは、おそらく今年が最後と思われますので、できる限り記録を伸ばしていただきたいところです。
ちなみに、どうして今年が最後と思われるかと言いますと、来季には投手としても復帰することが予定されており、野球の神様に祝福されている大谷翔平選手といえども、投手と野手の二刀流で今年の自身の記録に挑戦するのは、極めて困難と思われるからです。
別シーズンなら50-50達成者も!
実は、別シーズンであれば50-50の達成を成し遂げた選手もいます。
ブレイディ・アンダーソン選手は1992年に53盗塁、1996年に50本塁打を記録し、史上初めて両方を50以上で達成しました。また、バリー・ボンズ選手も1990年に52盗塁、2001年に73本塁打を記録し、2人目の達成者となりました。
40-40クラブとは?
40-40クラブに加入することは、現代のアメリカ野球において非常に稀な偉業です。
40-40クラブは、シーズン中に40本塁打と、40盗塁を成功させる必要がありますが、シーズン中に40本塁打を記録するパワーと、40盗塁を成功させるスピードの両方を持つ選手はほとんどいないからです。
通常、40本塁打を打てるほどのパワーを持つ選手は、40盗塁に必要なスピードが不足していることが多く、逆もまた然りです。
MLB(メジャーリーグベースボール)において、現地時間の2024年8月23日、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手が史上6人目の「40-40クラブ」に名を連ねました。40-40を達成した最速は、2024年の大谷翔平による126試合目です。
歴代の40-40達成者
「40-40」すなわちシーズン40本塁打・40盗塁以上を達成した選手は数人います。以下はそのリストです
▼2024年9月24日現在
選手名 | 年 | 所属チーム | 本塁打 | 盗塁 |
---|---|---|---|---|
ホセ・カンセコ(Jose Canseco) | 1988 | オークランド・アスレチックス | 42 | 40 |
バリー・ボンズ(Barry Bonds) | 1996 | サンフランシスコ・ジャイアンツ | 42 | 40 |
アレックス・ロドリゲス(Alex Rodriguez) | 1998 | シアトル・マリナーズ | 42 | 46 |
アルフォンソ・ソリアーノ(Alfonso Soriano) | 2006 | ワシントン・ナショナルズ | 46 | 41 |
ロナルド・アクーニャ・ジュニア(Ronald José Acuña Blanco Jr.) | 2023 | アトランタ・ブレーブス | 41 | 73 |
大谷翔平 | 2024 | ロサンゼルス・ドジャース | 53 | 55 |
これら6人の選手は、同一シーズンに40本塁打・40盗塁を達成しました。彼らはメディアでも頻繁に取り上げられ、多くの方がその名前を覚えているかもしれません。
別シーズンで達成した人も
また、ウィリー・メイズ、ライン・サンドバーグ、ブレイディ・アンダーソン、ブラディミール・ゲレーロ(父)、マイク・トラウトの5人も、別々のシーズンで40本塁打と40盗塁を達成した経験があります。
最初に達成したのはメイズ選手で、1954年に41本塁打、1956年に40盗塁を記録し、史上初の「40-40選手」となりました。